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目標は「ときめく」ものだけ

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新月のときにはお願い事を。 大好きな月への先日のお手紙に、”これからどんな自分で在りたいか”を綴りました。 「好きなものごとだけ集めて。そうやって『幸せ』な姿であること」 それが私の在りたい姿のひとつだと書いています。 たとえば自室の中には、自分の部屋なのに自分の好きではないものがある。 それは過去の自分が好きだったもの、思い出の詰まっているもの、だれかに押し着せられたもの、仕方なくそこにあるもの。 人は誰しも、「好きでないもの」を選んでしまうことの方が多いのかもしれません。 だって、こういうふうに選べと教わった。 コレ以外を認めてもらえない。 これが似合うと言われた。 そういう無意識がたくさん働いてしまうのです。 だから、お買い物をする時も、何かを選ぶ時にはしっかりと頭を使わないといけない。無意識に選んではいけない。 その無意識の「好き」は本当に今の自分が思う好きなのか、定かではないのです。 だから、問う。 「私はこれにときめく?ときめかない?」 そう、KonMari Method! 彼女は家の中のものを片付ける際に、そのメソッドの中で「ときめくか、ときめかないか」で仕分けていきます。 さっきの例えである自室の中なら、”好きか・嫌いか”だと、好きなものが多いに決まっています。 でもそれは「今の自分」が好きだと言っているのか? 「過去の自分」が好きだと言っているのか? このふたつを区別する素晴らしい方法が「ときめくか否か」なのですね。 そのことに気がついて、ぐるりと部屋を見渡してみる。 過去に自分で選んで、今は気に入らないもの。 文字通り「お仕着せ」られたもの。 「好きではないもの」…つまり今の自分ではないものがチラホラ。 どれも元々は私が”自分以外の目線を考慮して”選んだもの。 (自分の部屋のものだから、誰かに見られるものでもないというのに…!) もちろん自分が選んだことには変わり在りませんから、自己責任でも在りますし、その当時は気に入っていたものもあります。 ただこの1年ほどは、手元にあるものに違和感を感じ、多少無理をしてでも気に入ったものと買い換えるようにしました。 だって、過去の自分が購入したものや、押し付けられたものたちは目に入ると、ときめかないどころかイラっとするのです。 そうしたら、部屋の中がなぜか嫌いな赤いものばかりだったのが、ミントブルーばかりにな...

水瓶座新月『新世界にて』

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水瓶座の宮に惑星達が集まって、祝宴を開いているかのような新月の夜明けがやってきます。 旧正月ですから、まさにお祝い。新しい世界がいよいよ始まったのだと感じさせてくれます。 「新しい世界で価値観が変わる」 重きをおくものが変わるというのは、昨年末に「風の時代」が始まった時から言われていましたが、まさに自由で独立した気風。 あちらからこちらへと、どこへ移っても 染まる必要がなく あなたが、あなたのままでいられる世界 では「価値あるもの」とは何でしょうか。 どこへ移ってもいける世界ということは、どこへ移っても変わらないものが必要なのではないでしょうか。 それは「あなたが、あなたである証明」になるもの。 いわゆる「自分軸」だったりもするかもしれませんね。 最近私が出会った人で、素敵だなと思う方が「美学」という言葉を使っておられまして。とってもしっくりきました。 これまでの世界で「あたりまえ」「ふつう」「常識」とされていたものがどんどん溶ろけていて、教科書的な基準がなくなりつつあるなと感じます。 誰かと話していても 「え!それって普通なん? え!それに当てはまらへんのはダメなん? 私のコレって違うもんなん!?」 と相手の思う普通のことと、わたしにとってのソレとが全く異なっていて、頭が大混乱を起こして先日ショートしました…。 そこで彼女の言葉を借りてみます。 「それは、私の美学には反するようです」 すると、それはそれはナチュラルに自分の世界に帰ってくることができました。 きっと相手の言う「普通」を受け入れようとして、相手の世界に入ってしまっていたのでしょうね。 魚なのに空に入ろうとしていた気分です。 「価値基準が違う!」 かの鬼を滅する炎の柱はこのように言います。 彼の言葉を借りる場合ですと、そう言えるだけの「自分の価値基準」をもっているか、ということでしょうか。 —「あなたの価値を高めていきましょう」 今まで、たくさんの人々の支持を集めて大国を築いた人にとっては、民衆が外に出ていって小国を乱立させてしまうように見え、恐ろしいかもしれません。 「そんなことをしては、混乱をきたしてしまう!」と。 大国を収めるだけの能力も、素晴らしさも持っている人ではありますが、残念ながら民衆は地面を離れ空に舞い上がって行ってしまいます…。 もしかすると、王君あなたもいっそのこと、空に舞い上がって...

月夜は特別だということにする

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明日の夜明け前…4時16分ごろ、月は満月に。 きっとまた4時ごろだとしっかり明るい満月が見られるのでしょうが、今起きている時点で”見る”はなかなか難しいですね。 月が好きなので、満月も新月同様に嬉しい特別な日です。 そしてその特別さをプラスしてくれる人の記事を読みます。 ✔︎ ☆星言葉紡ぎ屋☆ 白い魔法使い (note) ✔︎ 連載「イナンナが語る ニビル星人アヌ一族の物語」 (ブログ) 前者は占星術師さん、後者はメッセージを下ろす系の翻訳家さん。 目に見えない世界、精神世界、スピリチュアル… これらに抵抗のない人向けでしかありませんが。 こういったものを読んで、勝手にワクワクしたり、ふむふむしたりする。 それだけで、今日が楽しく明日からが楽しみになる。 「目に見えない世界(スピリチュアル)を信じるの?」 と聞かれると、答えに困ります。 私にはこういった世界が 「あるということになっている世界」を生きている時間があるのです。 心が沈んでしまったときに、人は誰かと話したりカラオケに行ったりする。 気分転換。 それと同じこと。 もともと、ディズニーをはじめとした”ファンタジー”が大好きで、 ちょっと空想にふける時間が多くの大人より多くて、 その空想の深度が深いだけ。 自分以外の人には、いまのところこういう表現が 私の頭の中を伝えるのに的確なんじゃないかと思っています。 先日、鏡リュウジさんの『気質論〜医学と占星術の間〜』というオンライン講座を受講しました。 そこで紹介なさっていたのですが 14世紀に書かれた『カンタベリー物語』で (カンタベリー大聖堂への巡礼道中の宿で語られた人々の話をまとめた物語) 優秀な医師がいて、その人物が優秀な医師であることの理由として「占星術に長けている」という話があるそうです。 占星術はすくなくとも中世においては、 医学をはじめとする様々な学問に精通するひとつの「学問」だったのですね。 私たちがこの世に生まれ出たその瞬間の天体達が、 私たちの内面にも外見にも作用する何かを与えている。 そしてそれを読み解くことが、医療行為のうちのひとつの要素になる。 中世と今を比較すると 異世界転生でもしたのかしら!? と思うほど世界線が違うと感じる価値観の違いですね。 でも、占いが現実だった時代がある。 精神世界の事柄が現実だった時代もある。 これから数千年...

頭の領域がいっぱいですデフラグを実行してください

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イラっとするときの自分を、解析すると ”脳の処理をキャパオーバーするとき” のようで。 たとえば、あれもやって…これもやって…と考えて、 ああこれもだ、あれもだ、と時間ないしなにかしらの制限に加えて タスクが増えて「予定が狂う」瞬間に むり!! と脳みそが叫んで、イラーッ!としてしまう。 平常時は、それも 「いや、これを何分で終わらせて、これは集中したら何分でいけるから」 と考え直せるのだけれど、そもそもその時点に至るまでに 何かしらの負荷がかかってしまっていて脳の処理スピードは限界にきている。 たとえば容量を蓄えすぎたiTunesが たかが楽曲検索に数秒かかってしまうときのような ちょっと無理して脳が働いているときに むりーー!!って脳が叫ぶ。 もうこんな日は、ちょっとのことでイラっとしてしまう 頭の中に溜まった断片的な情報だったり 蓄積された過重が 頭の8割くらいを越えると、もう次はそれをデフラグかけようにも数分では難しくて 今日はきっと一日中ちょっとしたことで怒っちゃうんだ と悟る。 だって、数分やそこらではこれは回復しない。 最近気がついたけど、鬱っぽい症状と似た状態の時も このイライラモードで現れる脳みその「むりーー!!」も こころはいたって平穏だったりする。 こころと頭は、確かに分け隔てがあるようだと感じる。 こころは平気なんだけど 反応として、イラっとしたり、泣き出してしまったりする。 本当に、体が勝手にそう反応する。 反射的に「きゃーーー!」って叫んだり 反射的に涙が出てきたりする。 だから、こころにばかり目を向けてきた私は混乱する。 なんでこんなに怒っちゃうんだろう。何に怒るんだ? なんで急に泣いてるんだろう。何が悲しいの? でもこう言う時、こころじゃなくて頭が問題なので そっちはからっきしなものだから ちょっと今、困ってる。 Photo by AltumCode on Unsplash

わたしのなかの「ちぃ」という存在

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高校生の頃のあだ名が「ちぃ」でした。 全く名前にも、何にもかすりさえしないこのあだ名の由来は、高校に入ってすぐのクラスメイトとの思い出から名付けられました。 なので、私は高校の間は"ちぃ"でした。 あ、『ちょびっツ』由来ではないとだけ、宣言しておきます。 "ちぃ"はわがままで、思ったことはそのまま口にする子でした。 ふつうなら、疎ましく思われてハブにされたっておかしくない。 それでも"ちぃ"の周りの人たちは、心根の優しい人ばかりで「まぁちぃやし…」と呆れながらもそっとしておいてくれたのだと思います。 本当に守られていたのだと思います。 人にも、環境にも…様々な条件が、様々な方面から"ちぃ"を守ってくれていました。 だから"ちぃ"であった頃は、甘えたで、自由奔放で、その一方とても素直な人物でいられたと思います。 高校を卒業すると、"ちぃ"のいた世界は無くなります。 そもそもが、学校という世界の中にあったので。 しばらくは、"ちぃ"もいたはずなのですが気がつけば、わたしの中から"ちぃ"は姿を消していました。 今の私は—自覚さえあまりなかったのですが—、あまえなどは許されなくて、弱みなど見せることなど許されないと思っている。 それは、人に頼らずに自立した女性でいなければならない、という価値観。 とくに、”男性にあまえてはいけない”という価値観。 例えばそれは、おおくの同性から反感を買いますから。 例えばそれは、社会的な依存ですから。 そうであってはならないと、どこかのタイミングで…何かに思わされていたようでした。 徐々にその価値観は「ガラじゃない」といった言葉が代弁するようになりました。 ですが、この1年ほどでまるで砂の城が溶けていくように、いろいろなものが私から取り払われていきました。 そのうちの一つがこの「ガラじゃないと虚勢を張る」ことです。 メタ的な女性像。 か弱く、男性に守ってもらうことで存在するもの。 どうやらそれは、わたしの本質から枝分かれしているものであり、わたしの中に"ちぃ"と名付けられている存在のようなのです。 "ちぃ"はディズニーのお姫様のような古典的な女...

うかれたプレイリスト

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  2月26日になると途端に西洋っぽい空気が消え去って、大掃除だお節の準備だ、やれ正月の食事はだとか、お寺さんの空気になる。 お正月までなぜか神社の空気は来ない。 勝手にそんなふうに感じてる。 クリスマスソングが大好きで、12月になるとここぞとばかりにiPhoneに iTunesに入っているクリスマスソングプレイリストを同期する。 令和でも、MP3を同期する。 それはスティックの形をしたiPod shuffleを手にした時から蓄積されたMP3たちで、クリスマスソングと、26日以降も聴けるウィンターソングのプレイリストをそれぞれ作ってある。 先日担当したご新婦様が「この曲がいい。めっちゃ、うかれてて、かわいい」と曲を選んでいらした。 「うかれてて、かわいい」 なんと可愛い表現だろうとうっとりして、以来うかれてる曲を意図的に聴いている。 クリスマスソングなんて、ほんとに全部うかれてて、かわいい。 往年のホリデーソングもそうだけど、今のアーティストに目を向けても 「サンタさん、今年こそお願いを叶えて」 と言って恋人をねだってたりする。 素敵な人が現れますようにと現れる前から、現れた時の浮かれた気分を歌ってる。 何もかもがファンタジーで、そういうところが好きなのかもしれない。 現実的なものを無視しても許される ファンタジーを全面に見ても許される クリスマスばかりは、その背景からそんな気がして、普段脳内ファンタジーを繰り広げながら、現実と折り合いをつけてちょっと努力しながら生きてる人間としては、それもまた嬉しい。 まだちょっとだけうかれてたいから、ウィンターソングプレイリストはもう少し聴いていると思う。

新月@山羊座「望んでください、そばにいたいのです」

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  今日は14時に山羊座にいる月が新月となりますね。 新月のアファメーションが大好きなので、毎月特別な日に感じます。 その人は、じっとこちらを見ていた。まるで、こころの奥底を覗き込むように。深海のように深い瞳が見透かしてくるようだった。 そうして、彼の人は予言を置いて去っていった。 以来あの目と予言にとらわれる瞬間がある。隠しておきたいものを見つけられたような、背筋になにかが蠢く感覚。それでもあのヴェールの下が気になってしまう。 誤ってはいけない きっと正体を見破られてしまえば、恐れおののき消え去ってしまうだろう。 手の中をすり抜けていくシフォンの感覚だけが、きっと虚しく残るだろう。 それであれば手にしなければいいのではないか。 決して手を伸ばしてはいけない そのとき、暗闇の神殿に風の音が入ってきた。 音も、光もなにもかもを吸い込んでしまうこの神殿に、一音の風がやってきた。 顔をあげるよりも先に、か細い手が頬に触れた。 ヴェールの下の顔が不思議とよく見えた。 周りの闇の方が深いからなのだろうか、黒いヴェールがかかったその顔がなぜだかよく見える。 微笑んでもいない。表情はむしろない様に思えるが、その眼差しにどこかで安堵してしまう。その手はほおを引き寄せて髪を撫でる。 ここにいてほしい? 意識を手放しそうになる。まどろんだ様なめまいの様な感覚の中で声が聞こえる。 消えないでくれるというなら 手放したくないのです 口を動かしたものと異なる言葉が漏れる。 では お傍におりましょう 時には照らし、時には闇を共にいたしましょう。戸惑うならば立ち止まれば良いのです。 あなた様が強く望んでさえくだされば、わたくしはここにいられるのです。 傍にいるかぎり、祝福の光が注がれるのです。 あなた様が、強くわたくしを望んでくださるのであれば その光はあなたのものになる。 新月は、後光が差してアウトラインだけが浮かび上がる姿なので、”月”の性質を最も表す瞬間なんじゃないかなと思う次第です。 このエンディングなら「Halo/Beyonce」とかも在りですね。続編とかでそうなエンディング。 山羊座は真面目で堅実。秩序を重んじる。故に現実的な気がします。 現実的なのでちょっと現実的じゃないなと思うと諦めるというか、打算的と言われていますが「達成可能なこと」しか手を出さないところもある気がしま...