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つきのひと

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  バルコニーに出ると、少し先の岩の上に人が座っていた。 人のように見えるが、翼の生えた女神のようだった。翼があるのだから、天使だと思うかもしれないけれど、天使とも違う気がしていた。 その人は、風の音に耳をすますように目を伏せて何かを探しているような仕草をする。 顔の周りには、たっぷりとした涅色の髪がゆるやかなカーブを描いて流れている。その奥の瞳は、透き通ってずっと遠くを見つめているようだ。その眼以外は、ベールがかかっていてぼんやりとしか見えない。それでもその表情が柔らかく、時折口元が緩むのが伝わるようだ。 まだこない、まだこない と首を傾げながら、三日月のついた杖を抱き締めるように、三日月に頬擦りをするように時折涙をこぼしている。その口元はそっと弧を描いて。 まるでギリシャ神のようなドレープがまとわりついているのに、オリエンタルな香りのする彼女は、片脚を立てていて足元がのぞいてタラリアを履いているのがわかる。 それはどうやら水星からの贈り物のようだった。彼女はあんなに大きな翼を持ち、大天使とも見まごう姿なのに。 翼はいま潮に濡れているらしく、控えめに折り畳まれている。 わたしはじっと目を凝らし、息を潜めていた。 見ていることを気取られてはいけないようだったから。 青白い光に照らされたようにみえる彼女は、神々しく輝いて見えた。昼間に見かけたときは陰に潜むように静かで、どこにいるのかわからなかったのに、日が沈めば彼女は美しい光を放って見えた。 ただ、その光はゆらいでいく。照らされてはっきりするような、しないような。 昼間の太陽は、彼女をじっと見つめる。その熱い視線をうけるからこそ、彼女は彼が姿を消すあいだそこに居られる。 ただそれは、昼間の陰にいるときよりも寂しそうで、浮かない表情をしている。それでもとても美しい。 彼女はじっとそこで、太陽がきてくれるのを待っている。 Photo by  AussieActive  on  Unsplash