その時は、それが「最愛」の選択だった

 唐突に、夜景を見に行ったことを思い出した。

過去に男性が夜景を見に連れて行ってくれたことは何度かある。でも、この記憶は思い出すまで、すっかり忘れていた。
とある大学のキャンパスから見える夜景。それは少し遠くにあって、キャンパスの周囲は運が良ければ蛍が見られるはずだと、彼はそう行って連れて行った。

「結婚しよう」と言われた後だったか、言われる前だったかも覚えていない。
いつもの夜のコーヒーデートの後だったか前だったかも、覚えていない。
でも、彼の車で連れて行ってもらったあの景色を、途切れ途切れに覚えていて、そのことを唐突に思い出した。

そして、突然理解した。
なぜ、彼とパートナシップをきちんと築けなかったのか。築けないと思われたのか。

私はあの時、ひとつも楽しんでいなかったからだって。

彼が行こうと提案した。
彼が行きたいんだ、彼が満足するようにしよう。
こんなふうに考えていた。別に興味のない「夜景を見る」ってことに、目を向けもしなかった。彼がどこに向かうのか、彼が目の前にいるかどうか。それだけしか、考えていなかった。

私はずっと、それだけで幸せだと思っていた。

彼がどこかに行く、何かをする、その「ついで」でいいって。
「ついで」でいいから、そばに居られる、一緒に過ごせる。
たったそれだけが、叶っていれば十分だと。

ものすごく卑屈だった。

こうは考えられなかった。
彼が「恋人を”夜景を見に連れて行ったら”、よろこぶだろうか」って考えているかもって。
私の喜ぶ姿が、彼によろこんでもらえるとは、全く考えられなかった。

別に、実際そうでなくてもいい。彼がそんなことを、思わなかったとしても。
でも私は私で、楽しんだり、つまらないと駄々をこねたり、自分の感じた通りに生きてみるべきだった。


私は彼の物語の一部でいようとした。
決して事を起こさないで、ずっとモブのように振る舞えば、一緒に居られると思っていた。

相手のスポットライトが光るステージにて、私がスポットライトを当てられるような言動は、決してあってはならない。
客席が、誰だあいつって注目を奪ってしまうことなんて、メインキャストが気分を害してしまう。
彼が気分を害さないように、しなくちゃいけない。

でも、それでは私の物語は進まなかった。
だって私は一生懸命、自分の舞台を蔑ろにして、彼の物語がつつがなく展開するようにだけ祈って、その舞台裏を手伝い続けたから。

私の物語の進みが、悪くなる。

そうして、物語のページをめくる足並みが揃わなくなって、一緒に歩めなくなった。


あの日、私は「楽しいね」と笑うべきだった。
夜景じゃなくても、私はあのオレンジ色の外灯と、照らされたキャンパス、だだっ広くてところどころ暗闇の場所が、冒険しているみたいで、ワクワクしたんだから。

もしもこんど、私のことを喜ばせようと、一緒に過ごそうと言ってくれる人が現れたなら、
ちゃんと楽しいとか、どれが好きだとか、言ってみたい。
相手に、自分の感じたことを、ちゃんと話してみたい。

そんなことができたらいいなと、思ってる。


Photo by zero take on Unsplash


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