大人の強くなり方


 昨年末に転職した。

現場へ向かう道中、天下一品の前を通るたびに、アルバイト募集のポスターを見てせめてこれより少しだけ高くなればいいのにと、控えめに考えていたけれど、生活がかかっちゃ仕方がないのだ。

転職活動をします。と直属の上司に宣言をして、いろんな求人サイトを眺めていた。

次に選びたかったのは、もう心を削らなくて良い仕事をと思い「事務職」だった。

電話はいくらでも取れる。PC仕事は大抵なんでもできる。
最悪営業もできるだけの対人能力はある。どこでもやっていけるんだと思っていた。

ただ、私は人生で一度も就職活動をしたことがない。
2回生で大学を中退したものだから、周囲がどんな様子だったかさえも知らない。

面接で「それでは自己PRをお願いします」と言われて、驚いた。
そういう質問をされることさえ知らなかった。
いつものよく回る口でそれなりにこなしはしたけれど、ずっと「これが大学生の自分だったら、絶対に辛くて病気になっていただろう」と思っていた。

10年、社会の中にいた。
騙されたり、脅されたり、煽てられたり、成功したり。
いろんなことをして自分自身が社会の中でどんな価値を持っているかを、今の私はよく理解している。
それだけのことをしてきたし、それを理解分析するだけの訓練も経てきた。

だけどこれが本当に最初の”就職活動”だったなら?

学生さんたちは、これまでずっと自分に周囲が寄り添う環境で生きてきたのに、途端に「さあ誰も手放しでは寄り添いません。あなたが自らこちらへ寄せてください」と要求されて、
訳もわからないまま「合わないみたいです」と不合格の通達を送られてくることを繰り返す。

自分にどんな価値があるのか、自分は何ができるのか、わからないままなのに。

私のひ弱な精神ではきっと耐えられなかったはずだ。
だから、この年になるまでぬるぬると学生サークルのような会社で、好きなことだけをやって低賃金で働いていたんだけれど…。

お祈り連絡が来るたびに「私を逃すとはな…」と謎のメンタリティを発揮して、遠慮のない応募を繰り返した。

おかげでなんとか好条件の採用を得たけれど、まあ実際働いてみての不満は別にあるわけで。

むしろ異世界転生と言っても過言ではない、全く見知らぬ業界に転職してしまい、元来覚えが遅い自身の特性に日々「私は虫以下」と希死念慮がよぎる。

でも、そこでもふと、別の声がする。

場所が違えば、私は優秀な人材だった。その事実は変わらないぞ。と。
私はここでのことは未熟で出来るようになるかさえ曖昧だけれど、ここの人たちができないことが出来るんだからそんなもんだ。

弱音を吐こうと酒の席に現れては、一緒に働いたかつての同志や、今や友人となったお客様やクライアントさんたちが励ましてもらって、なんとか正気を手放さないでやっていられる。

そして入職してからも思う。

これが新卒だったら…私はきっと生きてられやしなかった。
大人はこうやって強くなるんだろうなぁ。



コメント

このブログの人気の投稿

みんな普通でいる努力をしている

見栄をはりたくって、みっともない

「イマドキ」にアップデートした実写版『リトル・マーメイド』